東上稲荷道の碑 志木市

ほんの数年でしたが志木に住んでいたことがあります。今の駅ビルもなく、ららぽーととダイエー、商店街というには店も少ない駅前通り、丸井は未だ無かったですね。当時使っていた長島スーパーさんと岡田屋さんって言ったかな?みんな無くなってしまいました。

そもそもこの辺は元々は田舎で、遠くの新河岸川の引又河岸が栄えていたそうです。今の市役所辺りですか。確かにそこから駅に向かう道の方がしっかりと商店街となっています。と言っても大分閉まっている店も増えましたが。

それでこちらの碑ですがお稲荷さんも周囲には無いし、何のことやらチンプンカンプンだったのですが、どうやら志木駅がここに出来た理由と言うか東上線のルートが何故このルートになったかと深く関わっているようです。

駅前の郵便局の所にも碑があるので確認したのですが、東上線が計画された当時、ルートは川越街道沿いに計画されていたそうです。確かに都内から和光市の駅辺り迄はそうなっています。回漕問屋の井下田さんが親戚で議員の星野仙蔵さんと協力して…。ナニそういう事?

星野仙蔵さんは以前取り上げた福岡河岸記念館の元々の所有者です。こんな所でつながりました。回漕問屋としては少しでも川の方に鉄路を持って来ようと運動して、今の形になったようです。志木駅も上福岡駅も旧河岸場に向かって立派な道があるのはそういうことだったんですね。

それで話を本題に戻しますが、その井下田さんが、大願成就の為に建てたのが東上稲荷、お稲荷さんを呼んじゃったんです。そこの参道という扱いで、この道があるようです。と言っても駅までの100mとかそんなものですが。

住んでいた時は全く気付かず、最近になって「はて?」と思い確認したという次第ですが、これ、斜から写真撮ってますから見えますが、左の電柱が正面に建っています。どういうセンスなんでしょうか。

で、肝心の東上稲荷ですが、井下田さんの家の敷地内にあり非公開だそうです。自費で建てたんだからということでしょう。でも道の名前にもしているんですしねえ。見てみたいものですが、もしも見たいんだったら碑の扱いから改善して下さいと言われそう…。

“東上稲荷道の碑 志木市” への2件の返信

    1. 志木の一市民様、ご覧頂きありがとうございます。記事のご執筆のお役に立てていれば幸いです。

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