江戸城から川越城を歩く 東京編

東日本大震災の時、東京の市ヶ谷から川越高階の自宅まで歩いた話を以前書きました。今の防災の観点からは駄目な行動だったようですが。あれから10年、何となく又、歩いてみようと思っていました

とは言え今ならそういう避難はしないでしょうし、何か目的をということで表題のようなことを思いつきました。挫けても直ぐに電車に乗って帰れるという気持ちの保険もありますし。だいたい電車が走っているところですので。

東京だよおっかさん、二重橋です。朝の7時です。ここからスタートしました。皇居を走るランナーの皆さんが追い抜いて行く中、北を目指します。国道17号線、旧中山道に近いところを歩き、途中で川越街道へ、というプランです。

休日の朝の為、人出はあまり無く快調に歩いて行きました。お茶の水あたりでようやく中山道に辿り着き、あとはそのまま道沿いに歩きます。東大の前を通り、文京学院大学や東洋大学など、東武東上線沿線にもある大学の本部もこのルート上にあります。

東大の辺りには色々面白そうな所もありましたが、別の機会に行ってみたいです。樋口一葉ゆかりの場所や、古いお寺などもですが、古い洋館なんかも気になりました。そして道を間違える…。本当は文京学院大学の手前で曲がらないと駄目だったんでした…。中山道追分を見逃しました。

ドンドン歩いて行き巣鴨の駅を通り過ぎると、地蔵通りの入口が見えました。実はこの地蔵通りが旧中山道に当たります。地図で見ると後で現在の中山道に戻れそうなので、せっかくだから地蔵通りを通りました。

でもこの時点では未だ9時前、店のほとんどは開店準備中、露店も同じく準備中。休憩を入れてもいいかなとも思ったのですが、未だ2時間も歩いていないので、これも又、別の機会に行こうと思いそのまま歩いて行きました。

埼京線の踏切を超えた辺りが板橋宿内の平尾宿だった辺りになります。埼京線と言っていますが、昔は赤羽線と言っていました。そしてこの辺りが平尾追分で、大山駅方面に向かいようやく川越街道へと向かいます。

大山は商店街が発達しています。9時も過ぎたので休憩を入れました。詳細は明後日の記事になります。そこから国道254号線に入り、直ぐに旧川越街道、下頭橋通りに入ります。商店街に旧街道の面影があります。

この後254号線への戻るタイミングが分からず、結構無駄な歩きをしてしまいました。まあ、それも歩きの醍醐味と言えばそうなんですけどね。でも公園で水分補給をしながら、子どもたちが遊んでいる元気な姿に癒されたりしました。

埼玉県内に入ったら食事にしようかと思っていたのですが、成増で既に11時30分を過ぎ、まあ匂いに負けたという感じで昼休憩となりました。この時点では未だ歩けそうでした。こちらの記事もここでひと息。続きは埼玉編となります。

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