江戸城から川越城を歩く 埼玉編

前回の続きとなります。二重橋から成増迄歩いて食事をした所まで書きました。店を出た時は12時前でした。よし、午後も頑張ろう、と思って立ち上がったのですが、この時点でそれなりに疲労していて、腰が重く感じました。

しかも満腹に食べてしまったので、あまり速く歩いたら横腹を痛めそうだった為、ペースを落としてスタートしました。成増から和光へは下って上る感じになります。そこから又、旧道に入りました。

白子川を渡ると埼玉、と思っていたのですが、実際の県境はもう少し入り組んでいて、渡る前に既に埼玉になっていました。護岸工事前の川は流路が変わりますから、その関係もあるのかもしれません。

白子宿という宿場町だったそうですが、何となく商店が並んでいたりして面影があると言えばありますが、かなり印象は薄いです。それよりその後の上り坂に憂鬱になりながら先に進みました。

白子宿だけではなく、埼玉側に入ると旧宿場町はかなり寂れた印象になります。モータリゼーションのせいで新しい街道の方が栄え、古い町からは人が出て行ってしまうからでしょう。だいたいは駅からも遠いですし。

旧道沿いにかつて米兵向けのストリップ小屋がありました。閉店後しばらくそのままになっていたのを建物の老朽化で取り壊しになった、もう10年以上前の話です。その辺りも当時の面影はほとんど無く、忘れられて行くんでしょう。

新座の浦和所沢バイパスと交差する辺りから明らかに疲労が脚に出て来ました。確か10年前もこんな感じだったなあと思いつつ先に進みます。14時30分くらいに再び休憩しました。詳細は明後日の記事に書いておきます。

てくてく歩いてようやく川越市に入りました。そこは高階地域、なので家の近所を通りつつ市街地方面に向かいます。それが一番辛かったです。もう足はボロボロでした。明らかに歩くペースは落ち、そこから1時間以上掛けてようやく辿り着きました。川越城本丸御殿。

午後5時を回っていました。10時間掛けてようやく到着です。別に誰かが待っている訳でも無く、淡々と撤収。帰りも歩こうと思っていたのですが、緊張感も無くなり長歩きは断念、バスと電車で帰りました。

歩き切った感想ですが、10年前に比べて明らかに衰えています。市ヶ谷から上福岡、6時間半で歩きましたから。距離は違いますがそれをさっ引いても8時間、しかも今回はウォーキングシューズ、前はビジネスですから。でも未だ歩けることは分かったので、これからも精進して行きたいと思います。

本当は帰りも歩いて帰ろうとしていたのですが、挫けてバス、電車に乗ったことは内緒です(笑)。

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