旧相模川橋脚 神奈川県茅ヶ崎市

以前にも書きましたが、私が神奈川県に親近感があるのは近いからとか、仕事で良く行っていたとか色々あるのですが、鎌倉時代の物が多く、何となく川越に重なって来る部分があるからです。あ、逆ですね。川越が鎌倉に重なる部分があるというのが正解ですね。

平塚市に馬入という地名があります。源頼朝が相模川に掛けた橋の落成式に参加、落馬してそれが致命傷になり翌日死去したという話です。現在馬入橋が掛けられ、相模川も地元では馬入川と呼んでいました。流石に若い人は相模川になってますね。

時を遡ること大正時代、関東大震災というものがありました。このブログでも一回出て来ましたが、埼玉はそれほどの被害は出ていません。東京は大火事で多くの方が亡くなりました。教科書では神奈川の話があまりありません。

でも震源地は相模湾で、地震そのものによる被害はむしろ神奈川の方が酷かったようです。これについては神奈川ももっと声を大きくした方が良いと思います。津波が来たらまずそうな所も多いですし。

その関東大震災のあと、農地の中から何か木の柱が現れた、というのが今回の場所、旧相模川橋脚です。本物は保存の為処理をして埋め、現在見えているのはレプリカです。何かシュールな写真です。

川というのは人間が堤防とか作らないと、どんどん流れを変えていきます。中世の相模川は恐らくこの辺りにあったということなのでしょう。あれ、じゃあ今の馬入は?野暮なことは言わないようにします。

あと碑文好きには大変気になったのですが、この整備された公園の中に「耕地整理記念碑」というのがありました。どこを見回しても耕地など無いのですが、この橋脚が発見された頃はあったのでしょう。この解説が下のタイル1枚、30cm四方の中での記述のみ。何かもう少し解説が…。

あと、ウェブで画像検索するといっぱい出て来ますが、桜が有名のようです。ただ駐車場はありませんので、桜の季節に限らずですが、訪問される方はお気をつけてお越し頂ければと思います。

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