常楽寺

以前ご紹介しました河越館跡史跡公園の隣にこのお寺はあります。大きい寺ではありませんが、河越館の持仏堂から始まったと言われ、ここも河越館の一部ということになります。もう河越館はありませんが、過去と現代を繋ぐ貴重なお寺さんと言えると思います。河越館とその主達の栄枯盛衰を見て来た、とでも言えばいいんでしょうか。

このお寺の開基は河越重頼となっています。源義経の舅です。重頼が河越館を建てた訳では無さそうなので、恐らく本当の開基は別にいるような気がしますが、それでもこの方がこの地に住んで、色々貢献したことは事実だと思います。じゃなかったら娘を源氏の棟梁の弟に嫁がせるなんてできなかったでしょうから。

河越重頼、源義経、奥様の京姫の供養塔です。私、いつも思っているのですが、義経の正妻はこっちだよ、河越氏の娘だよアピールも必要なのではないか、とか考えてしまいます。静御前ばかり有名になり、本妻なのに可哀想、と思っています。でも川越って義経伝説になるようなものが無いんですよね。だから川越だけで盛り上げるのは難しいです。

あと、北條氏の家臣、大道寺政繁が小田原攻めの後、死を賜った場所でもあります。秀吉に降伏した後はずっと秀吉側で戦っていたんですけどね。それも戦国の世の習いですか。その後、関東は徳川の領地となり、川越に2つも拠点は要らないので、河越館は放棄され、常楽寺は今に至ると。

こちらも川越の観光地からはかなり離れています。個人的には見る価値はあると思いますが、周りにはお店とかはありませんので、興味のない方にはちょっと辛いかもしれません。源義経と奥さんのお墓に行ったよ、と言っても静御前と勘違いされるだけのような気もしますし。

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