浦上天主堂 長崎県長崎市

熊本で1番行ってみたかったのが田原坂でしたが、長崎では浦上天主堂でした。元々キリシタンの多い土地で、何度も迫害を受けてようやく建った天主堂。原子爆弾に曝されて復興するという数奇な運命を辿ったところです。

公式文書は一切ありませんが、浦上天主堂の被災建物が、広島の原爆ドームのような物になるのを恐れたアメリカが、経済援助等をぶら下げて長崎県に圧力を掛けて壊したという話があります。キリスト教国としては具合の悪いものではあったでしょうから。真偽は分かりません。

天主堂そばの道で大浦四番崩れと言う事件の説明書を見ました。明治になってもキリシタン弾圧が続いていたというのも初めて知りました。まあ江戸末期に起こり、別の法律も出来ていないから従来通りを続けたと言うことなのでしょうけど。

その説明書きを見た後に浦上天主堂に行きました。天主堂は又例によって坂を登ります。もう長崎と言えば坂、というのが頭に刷り込まれてしまっています。私は住んでいる訳では無いのでまあいいんですけど。風情という言い方もありますし。

被爆遺構です。左の像の頭がありません。浦上教会の中にある被爆マリア像が一番有名ですが、資料館には遺品が沢山ありました。さすがにこういった物まで壊すことは出来なかったようです。まあ無理強いしたら隠されるだけでしょうから。

教会の中も非常に厳かで、私自身は無宗教ですが非常に心を洗われるものがありました。ちょうど神父さんのお話があったからというのもあります。被爆マリア像はここにありますが、教会内は撮影不可なので写真はありません。

ふと街の方を見ると、坂の上に建っているので遠くまで見渡せて眺めが凄く良いです。そばには平和公園や原爆資料館などがあります。爆心地に本当に近い所にあるんだなあと改めて思いました。

そう考えると最初の話になりますがキリシタンの迫害、それが済んだら原子爆弾、本当に大変な所だったんですね。そんなことを思いながら教会から出ました。帰りは下り坂になり少しは楽でした。

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