川越街道 東京街道 江戸街道

10年前に亡くなった義理の祖母は大正生まれだったのですが、良く「今はみんな川越街道、川越街道って言ってるけど、昔は東京街道って言ってたんだよ」と言っていました。そんなこと無いでしょ、だったら東京中みんな東京街道になっちゃうよとは言いませんでしたが、地元の人の言い方なんだろうなと思っていました。

ところが博物館の昔の地図に「江戸街道」という文字が踊っていました。それならまあご維新になって江戸が東京になり、江戸街道から東京街道、そういうことなんでしょうね。年寄りの言うことは聞かなきゃですね。

ただ江戸側からすると、江戸からどこかへ行く道、という言い方が正解でしょうから、当然川越街道、川越道中です。町の成立は川越の方が古くてもこればかりは江戸基準でしょう。全国的にも。

その地方地方で言っている「東京街道」「江戸街道」ってどのくらいあるんでしょうね。調べている人っていらっしゃるのかなあ?そういう研究も面白いかもしれませんね。えっ、そうでもない?

それから東京から川越、群馬の藤岡迄を川越児玉往還とも言うみたいです。川越が小さい町だったら一纏めで児玉街道だったんでしょうね。川越はやはり要衝だったから街道も整備されてこの名前が付いたということなのでしょう。

以前にも触れましたが、東日本大震災の時に東京から歩いて帰りました。なので1日で踏破出来る距離ではありますが、幾つか旧宿場町が残っています。機会が有ればゆっくり歩いてみたいです。板橋辺りの旧道も結構雰囲気のある道でしたよ。

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